タグホイヤーをはじめとする高級機械式時計は緻密に作られており、非常にデリケートなものであるため、時計の周辺環境が様々な形で時計のパフォーマンスに悪影響を及ぼすことがあります。
「強い力をかける」とか「水に濡らす」といったものは目に見えて分かるのでまだ対策も取りやすいですが、特に気をつけたいのは目に見えない「磁気(磁力)」の問題です。
今回は磁気がタグホイヤー腕時計に与える影響や、その対策として行う「磁気抜き」について詳しく解説したいと思います。
腕時計の「磁気抜き」とは?
磁気抜きとは時計修理作業の一つで、文字通り時計から「磁気」を抜く工程です。
では「磁気とは何ぞや?」というと、専門的な説明はさておきシンプルに言うと、磁石が互いに引き合ったり反発したりする力のことです。磁石がクリップや釘、砂鉄を引き付ける実験は皆さんも子どもの頃に一度は経験されたのではないでしょうか。
また磁力は、電気の力を動力に変えるために重要な役割を持っています。時計に限らず、電気を動力として動く全ての機械にはこの磁気や磁石が深く関わっているのです。
そのため、各種電子機器や通信機器などに磁気を近づけると、その影響で正常な動作が妨げられたり、故障を招いたりする恐れがあります。
また、磁気を利用してデータを記録する磁気記憶媒体(クレジットカードや磁気テープなど)も磁気を近づけると記録を損傷する可能性があるため注意が必要です。
タグホイヤー時計が磁気を帯びる原因
ご存知の通り、タグホイヤーなどの機械式時計の内部は大量の微小な金属部品で構成されています。金属ですから当然、周囲に磁気が働いているとその影響を受けます。しかも小さな部品ですから、わずかな磁気にも影響を受けやすいので大変です。
したがってタグホイヤーには極力、磁気を近づけたくないのですが、私たちの身の回りには、磁石が付いていたり内蔵していたりして磁気を発する製品が数多くあります。例えば最も身近なのはスマートフォン。これは内蔵スピーカーの部分から磁気を発しています。その他にはパソコンやゲーム機、テレビやラジオ、車のキー、バッグやケースのマグネットなど様々です。
タグホイヤーを身に付けて日常生活を過ごしていると、知らず知らずのうちに上述のような様々な製品から発する磁気を時計に近づけることになります。すると内部の金属部品は、ほんの少しずつ磁気を持つようになり、それは磁気の発生源から距離を離しても消滅しません。そして「ちりも積もれば」で、やがて時計の精密な挙動を狂わせるほどに磁気が蓄積されていくのです。この状態を腕時計の「磁気帯び」と呼びます。
時計が磁気を帯びているかのチェック方法
磁気は人の目に見えませんので、磁気帯びの状態にある時計も見た目には正常なタグホイヤー時計と変わりません。(だからなかなか異常に気づけず、対策も取りにくいのですが…)
時計が磁気帯びしているかどうかを知るには、方位磁石を使うと良いでしょう。
時計に方位磁石を近づけると、磁気帯びしていれば磁石の針が触れるので一目瞭然です。また針の振れ具合で帯びている磁気の程度も分かります。少し触れるぐらいなら時計への悪影響はそれほど大きくないこともありますが、針が時計方向にはっきりと振れる場合はかなり磁気帯びが激しいと考えられますので、すぐに磁気抜きを行うべきです。
磁気抜きをしないと、タグホイヤーにどんな異常が起きる?
磁気帯びの状態にあるタグホイヤー時計を、そのまま放置しておくとどんな問題が生じるのでしょうか。
腕時計の内部には、時計の駆動を司る「ムーブメント」と呼ばれる機構が格納されています。ムーブメントは人間でいえば心臓、車ならエンジンに相当する非常に大事な機械であり、ここに異常が発生すると時計は正確に動くことができません。
ムーブメントの内部は、ゼンマイや微小な歯車、複雑な形状をしたパーツなどで構成されており、一定の周期で寸分たがわず駆動し続けています。この非常に精緻なメカニズムによって、時計は長期間にわたり正確な時を刻み続けることができるのです。
しかし時計が磁気を帯びていると、ムーブメント内部の金属部品が引き合って位置がずれたり、正確な動きが妨げられたりします。その結果、勝手に時間が進む、遅れる、止まるなどの不具合が生じるのです。さらに磁気帯びがひどくなると、時計以外の機能にまで影響が出る恐れがあります。
時計の種類によって異なる磁気帯びの影響
腕時計には、巻き上げたゼンマイの力を動力とする「機械式時計」と、水晶(クオーツ)の振動を利用する「クォーツ時計」の2種類があります。またクォーツ時計には、長針・短針・秒針で時刻を示すアナログ式と、液晶に数字で時刻を示すデジタル式があります。
こうした時計の種類によって磁気帯びの影響が多少違ってきますので、お使いの時計にはどんな症状が生じるかを確認しておきましょう。
機械式時計
機械式時計が磁気を帯びると、時計の進みや遅れが発生します。特にムーブメント内には時計の精度を保つ「テンプ」という非常に重要な部品があるのですが、このテンプの動作に磁気が影響を与えるため精度不良が発生し続けます。
その対策として、ムーブメントに軟鉄製のケースをかぶせて磁気を防いだり、磁気を帯びにくい素材で作られたパーツを使用したりしている製品もあります。
クォーツ式時計(アナログ)
アナログのクォーツ式時計が磁気を帯びると、時計の進みや遅れ、止まりが発生します。
アナログクォーツの内部には「ステップモーター」という、電気信号により1秒ごとに回転する特殊なモーターが使われています。そのためクォーツ時計の針は1秒ごとに断続的に動かされているのですが、このステップモーターが磁気の影響を受けるため、動作異常が起きます。また、強い磁気の近くにある間だけ異常が発生し、磁気から離すと元通りになるというケースもあります。
クォーツ式時計(デジタル)
デジタルのクォーツ式時計は、磁気による遅れや進みといった影響はありません。時計内部に磁気の影響を受ける部品が使われていないためです。どうしても磁気帯びや磁気による時計への悪影響を避けたい!という方はデジタル時計を選ぶと良いでしょう。
ただしデジタル時計の中には「方位計測機能」を備えた機種もあり、この機能に関しては磁気帯びによって精度に影響を与えるためご注意ください。
アンティーク時計は特に注意!
タグホイヤーのような伝統のある長い時計ブランドでは、製造から数十年以上の年月がたったアンティーク時計も数多くあります。その歴史的な価値や希少性、精巧な作りが多くの時計愛好者から評価されているアンティーク時計ですが、近代に製造されたモデルよりも磁気の影響を受けやすいことが多いのでご注意ください。
前章でも触れましたが、近年の新しい腕時計ほど耐磁性への意識が高く、磁気帯びの影響を受けないよう素材や設計に様々な対策が行われています。こうした磁気帯び対策がアンティーク時計には行われていないため、相対的に磁気には弱いとされているのです。
タグホイヤー腕時計の磁気帯びを防ぐには
ここまで腕時計の磁気帯びの影響についてご説明してきました。
大切なタグホイヤーを長く使うために、できるだけ磁気帯びのリスクは避けたいものですよね。そのためには、日常生活から時計の扱い方を意識しておく必要があります。
磁気を帯びさせないために最も重要なのは、ズバリ「磁気に近づけないこと」。当然ですが、まずはこれが基本です!身の回りの磁気を発する製品には、できるだけ時計を近づけないよう心掛けましょう。
磁気の強さは発生源からの距離が離れるほど弱くなる性質を持っており、具体的には、距離の2乗に反比例します。つまり磁気からの距離を2倍にすると磁気の強さは4分の1に減衰するということです。磁気から距離を取るのがいかに大事かが分かりますね。
身の回りの機器が時計に与える影響は
時計を磁気に近づけてはならないのが分かれば、次に知りたいのが「どの製品に、どれくらい近づけてはならないのか」でしょう。これについては日本時計協会のホームページにある情報を転載させていただきます。
次の表は(一社)日本時計協会のホームページに掲載されているもので、私たちの身近にある磁気を発する機器類と、時計に影響をきたさないために必要な距離を、時計の種類ごとに示したものです。「×」が示された機器・距離には絶対に近づけないようにしてください。
※「身の回りの磁気を発生させる機器と時計への影響」の表を一部改変
※「1種耐磁時計」「2種耐磁時計」はJISが定める耐磁時計の種類です。1種よりも2種のほうがより高い耐磁性能を持っています。
機器 | 時計との 距離 |
一般時計 | 1種 耐磁時計 |
2種 耐磁時計 |
---|---|---|---|---|
イヤホンのスピーカー | 0cm | × | × | × |
1cm | ○ | ○ | ○ | |
5cm | ○ | ○ | ○ | |
携帯電話・スマートフォン、マイク、ヘッドフォン、オーディオプレイヤー、パソコン・タブレット、電子辞書・ポケットラジオなどのスピーカー ハンドバッグの磁石部分 |
0cm | × | × | × |
1cm | × | × | ○ | |
5cm | ○ | ○ | ○ | |
タブレットカバー 健康磁気製品 |
0cm | × | × | × |
1cm | × | × | × | |
5cm | × | ○ | ○ | |
IH調理器 | 0cm | × | × | × |
1cm | × | × | × | |
5cm | × | × | × | |
電気かみそり | 0cm | × | × | ○ |
1cm | × | ○ | ○ | |
5cm | ○ | ○ | ○ | |
ACアダプター | 0cm | ○ | ○ | ○ |
1cm | ○ | ○ | ○ | |
5cm | ○ | ○ | ○ |
この表をご覧いただくと分かりますが、大部分の機器は5cm以上距離を離すと、磁気の影響は問題ない程度になっています。したがってタグホイヤー時計の基本的な磁気対策としては「機器類から最低5cm以上離しておくこと」だといえます。
表にあげた以外にも磁気を発生させる家電製品や電子機器はたくさんありますので、この原則はしっかり頭に入れておきましょう。
耐磁性に優れた時計を選ぶ
もう一つの考え方としては、そもそも磁気を帯びにくい時計、いわゆる「耐磁性能」の高い時計モデルを選ぶことです。
時計の耐磁性能についてはJISでは次のように定められています。時計を選ばれる際はこの性能表示にもご注目ください。
耐磁の種類 | JIS保証水準 | 内容 |
---|---|---|
非耐磁時計 | 1600A/m | 1990年までの輸出検査で行われていた基準値。 耐磁時計以外でも基本的に満たされるレベルの値 |
1種耐磁時計 | 4800A/m | 磁気に5cmまで近づけてもほとんどの場合性能を維持できるレベル |
2種耐磁時計 | 16000A/m 以上 | 磁気に1cmまで近づけてもほとんどの場合性能を維持できるレベル |
タグホイヤーの磁気抜きの方法
一度磁気を帯びてしまった時計は、自然に磁気が抜けていくということはありません。時計を使っている・使っていないに関わらず、磁気抜きを行わない限り、時計はずっと磁気の影響を受け続けることになります。
お持ちのタグホイヤー時計に心当たりのない動作不良が見られる場合は磁気帯びの可能性がありますので、必ず磁気抜きを行うようにしましょう。
磁気抜きの方法には、市販の磁気抜き器を使用する方法と、時計修理店に磁気抜き(脱磁作業)を依頼する方法の2つがあります。
市販の磁気抜き器を使用する
磁気を帯びた時計や金属部品から磁気を取り除くための「磁気抜き器(脱磁器)」という機器が市販されており、これを使えば自分で磁気を抜くことができます。取扱方法も比較的シンプルで、ほとんどの磁気抜き器は時計をセットしてスイッチを押すだけの操作で使用可能です。
磁気抜き器はインターネット通販などで購入できますが、その品質や性能は様々で、ホームページの記載や写真だけでは分からない部分も多くあります。購入される際は各製品の情報をよく見極めて選ぶようにしましょう。
自分で磁気抜きを行う際の注意点としては、きちんと脱磁ができているかの確認がしづらいという点です。方位磁石を使って磁気帯びのチェックができると先に申し上げましたが、これはあくまで簡易的な確認方法ですので、磁気が時計に及ぼす影響を精密に調べるためには、時計歩度測定器など専門の器具を用いる必要があります。
また、磁気抜き器の操作自体は決して難しくありませんが、ボタンを押すタイミングを誤ると、磁気を取り除くどころかさらに時計内部に磁気をため込んでしまう恐れがあるため注意が必要です。さらに市販の磁気抜き器では、重度の磁気帯びには対応できない可能性があります。
時計修理店に磁気抜きを依頼する
時計の磁気抜きは、時計修理店に依頼することもできます。
時計修理店では専用の磁気抜き工具を備えており、経験豊富な時計職人が確実にタグホイヤー時計の磁気抜きを行ってくれます。また磁気抜き後には動作チェックを行い、時計から磁気の影響が完全になくなっているか確認できてから渡されるので安心です。工数や費用はかかりますが、時計修理店での磁気抜きの費用は3千円程度となっています。
また磁気帯びが重度の場合は、市販の磁気抜き器では脱磁が難しく、腕時計を分解して全ての部品の磁気帯びを確認する必要があります。こうした対応も時計修理店ならではのものです。
異常の原因は磁気帯びとは限らない!磁気抜きはぜひ時計修理店へ
前章でご説明したように、自分で磁気抜き器を購入して磁気抜きを行うのは相応のリスクがあります。せっかくの貴重なタグホイヤー時計です。万が一にも磁気抜きに失敗して時計にダメージを与えることのないよう、磁気抜き器を使いこなす自信がない方はもちろん、そうでない方も、時計修理店での磁気抜きをお勧めいたします。
そして時計修理店での磁気抜きをお勧めするもう一つの理由は、磁気抜きとあわせて時計の状態も詳しく調べてもらえる点です。
そもそも皆さんが磁気抜きをしようと考えるのは、ほとんどの場合、時計の動作に遅れや進みなど何らかの異常が見つかった時ではないでしょうか。もっと言えば、目的は磁気抜きそのものではなく、時計の不具合の解消です。
そしてその不具合は磁気以外の原因で起きている可能性もありますが、磁気抜き器だけでは原因の特定や解決はできません。磁気帯び以外の問題の発見や修理対応を行ってもらえるのも、時計修理店の大きなメリットといえます。
タグホイヤーの外装研磨なら時計修理工房
私たち時計修理工房は、創業以来半世紀以上の長きにわたり、タグホイヤーをはじめあらゆる時計ブランドの修理やオーバーホールを行ってまいりました。東京・大阪に実店舗を構え、年間の修理本数は約12000本。豊富な修理実績やコストパフォーマンスを高くご評価いただき、今日も全国のお客様にご愛用いただいております。
もちろんタグホイヤー時計の磁気抜きも承っております。お近くの店舗にお持ち込みいただくも良し、「無料見積配送パック」でご自宅から時計をお送りいただくも良し、お客様に合った方法でご依頼ください。
また当店では、磁気抜きの他にも複数のサービスをセットにした、お得なメンテナンスパックをご用意しております。時計を快適に使い続けるために定期的なメンテナンスは欠かせませんので、こちらもあわせてご検討くださいませ。
以下のページで詳しくご説明しています。
電池の交換
※「安心フルケアセット」「安心フルセット」に、磁気抜きが含まれます。
皆さまのご利用をお待ちしております!